近年ますます人気を集めている有名大学では、「浪人して入るのがあたりまえ」の常識は、もはや覆されたと言っても過言ではありません。すべてが出題傾向の変化が原因とも言い切れませんが、「考える過程」を重視する傾向は、現役生の優勢に確かな影響を与えているようです。さて、そう考えると、浪人せず、適当なところで妥協したほうがいいのか、というと必ずしもそうではありません。大学側か「浪人生より現役生を採る」といった明確な方針を出しているのなら、話は別ですが、そうでなければ、浪人生も、その出題傾向にあわせた「頭の鍛えかた」をすればいいわけです。勉強の重点を、そのように切り替えればよいのです。そこで、そうした変化にきちんと対応しているかどうかで、予備校・塾のカリキュラムの真価が問われるのです。
考える子どもを育てるには、やはり原理やしくみにこだわることが大切である。そのような営みから本物の知能が発達すると考えた方がよい。新しい問題を解決する場合、人間は推理する能力を活用するはずだが、丸暗記式の勉強法や、計算のテクニックだけをまねする勉強法では、この推理する知能はほとんど発達しない。やはり人間は、考えることによって脳が育っていくことを忘れてはならない。脳の育て方については高木貞敬著『脳を育てる』に詳しい。学校と塾の授業は全く違っているものと思っている人が多いが、実はかなり共通点があるのだ。学校で学ぶ知識を「学校知」、塾で学ぶ知識を「受験知」と、一応定義しておく。学校知とは、物事のしくみや原理を重視し、社会に出てから役立つ知識であるから、学校での勉強は、原則としてはテストの点数を取るための学習ではない。
受験生のお母さんからよく受ける相談に、「国語や社会は得意なのですけれど、数学の成績が悪くて困っています」「数学は良いのですが、英語がどうも……」というのがあります。無論、不得意科目はないにこしたことはありませんが、苦手な科目が一つや二つあったところで、目くじらを立てるほどのことではありません。不得意科目を克服させたい、との親心でしょうが、親ができる対応策は塾に通わせるか、家庭教師を付けることです。その時期は、数学ならば分数計算を習う小学校の三、四年生。英語ならば中学一年の終わりころからが理想です。親が環境を整え、子供が努力しても不得意科目が克服できない場合は、方向を転換させて、得意科目をいかに伸ばすかに心を配るべきです。秀才と呼ばれる子でも不得意科目はありますし、「誰にも負けない」という得意科目をつくることで、その自信が、勉強意欲や勉強時間全体を増やす原動力となるのです。受験指導をしていて感じることは、際立った不得意科目はないが、得意科目もないという子の指導ほど難しいことはありません。どの科目もドングリの背比べだと、成績向上のきっかけがつかみにくいからです。不得意科目はあっても得意科目を持っている子の方が、合格の可能性を秘めており、進路決定の指導に迷うことも少ないのです。